2010年8月アーカイブ


1934年にボビー・ジョーンズと友人で実業家のクリフォード・ロバーツの企画により「オーガスタ・ナショナル招待選手権大会」と題して開幕したが、1939年に当初ロバーツが考えていたものの、ジョーンズが嫌っていたマスターズというタイトルに変更された。

毎年4月の1週目の週末に開催される。出場選手は前年度の世界各地のツアーでの賞金ランキング上位者、メジャータイトル優勝者など。招待資格を満たす名手(マスター)たちしか出場できないことから「マスターズ」の大会は"ゴルフの祭典"として最も敬愛されている。1960年から公式戦(4日間ストローク)の前日にパー3コンテストが開かれている。

優勝賞金は開幕当初は特に定めないで、3日間の入場収入などを基に決定する(2008年は賞金総額750万ドル、優勝賞金135万ドル)。優勝者には優勝賞金に加えてグリーン・ジャケットが贈られ、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブの名誉会員となる。

他のゴルフメジャー大会は毎回開催コースが異なるが、マスターズは毎年同じオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブで開催される。このコースはとりわけグリーンの難度が高く、「オーガスタのグリーンには"魔女"が棲(す)む」とよく言われる。更にINの11番・12番・13番の3つのホールに至っては「神に祈る」と言う意味も込められたのかは分からないが別名・《アーメンコーナー》と言われて恐れられている。フェアウェイもアンジュレーションが大きく、バーディを狙うにはティショットを正確に理想的なセカンドショットのポジションに運ぶ必要がある。また、谷と森が作り出す気まぐれな風も起こる。こうした環境が、トーナメントの名の通り、名手に相応しい技術の持ち手を選ぶことになる。一方、ラフはセカンドカットまでとなっており、長いラフのセットとなる全米オープンとの違いが顕著に表れる部分である。

1961年に南アフリカのゲーリー・プレーヤーが優勝し、初のアメリカ人以外の優勝者となった。1975年にはリー・エルダー(Lee Elder)が黒人選手として初めて出場した。2009年にアルゼンチンのアンヘル・カブレラが初の南米勢優勝を果たした。

2005年の大会では、ゴルフの"帝王"ジャック・ニクラスがマスターズからの引退を表明した。最近になって歴代優勝者枠の出場年齢の上限が「65歳」と定められたが、以前はその規定がなかった。アーノルド・パーマーは74歳の2004年まで出場を続行したが、ニクラスは新規定に従って65歳でマスターズを引退した最初の歴代優勝者となる。優勝したウッズは「29歳3ヶ月」で4度目の優勝を果たし、30歳を迎える前に4勝を挙げた最初の選手となった。(4勝の時点でパーマーは34歳、ニクラスは32歳であった。)

一方、最年少の出場者は2010年に全英アマ優勝者の資格で出場した16歳11ヶ月の高校生マッテオ・マナセロ(イタリア)。1952年に17歳1ヶ月で出場したトミー・ジェイコブスの記録を更新した。また、マナセロはカットラインぎりぎりで予選通過を果たし、1967年に18歳10ヶ月で予選を通過したボビー・コール(南アフリカ)の最年少予選通過記録も更新した。

意外な伏兵が優勝することが多い他のメジャートーナメントと違い、ビッグネームが順当に優勝することが多い。これは毎年同じゴルフコースで開催されるという特性から、ベテランほどこのコースの経験を多く持っていることが原因と考えられる。だが、2007年大会は世界ランキング56位(当時)でツアー 1勝しかしていないザック・ジョンソンが優勝し、大会史上初といってもいい伏兵の優勝となった。

4日間終了時点で1位が2人以上いた場合、プレーオフは、サドンデスによって争われる。以前は、翌日に18ホールのストローク・プレーや、4ホールのストロークで争っていた。プレーオフは18番と10番ホールで行われる。

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全米オープン

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この大会にはアメリカ国内の各地で1次・2次予選会があり、最終予選を通過した選手が出場資格を得られることから"オープン"と呼ばれる。地区予選会に出場するアマチュア選手のハンディキャップは「1.4以下」と定められている。彼らが世界各地の賞金ランキング上位選手や、世界ランキング上位選手たちと互角に渡り合って戦う姿は、全米オープン最大の見どころのひとつと言えよう。プロゴルファーに匹敵する力量を持ちながら、あえてプロの道を選ばずにアマチュアゴルファーの道を貫くベテランのアマチュア選手たちを見ることもできる。

全米オープンの開催コースは、大会の5年以上前から定められ、それに合わせてコース設定を調整していく。セッティングの特徴は、非常に深いラフと狭いフェアウェイであり、近年では優勝スコアをイーブンパーと想定してコースを作っている。マスターズを含む他のトーナメントが派手なバーディーの取り合いによるエンターテイメント性を否定せず、ミスはその後で取り返すことを許すのに対し、全米オープンは選手にひたすらパーを積み重ねることを要求し、落としたスコアを取り戻すのは困難を極める。メジャー大会の中でも、とりわけ選手たちの「忍耐力」が試され、「最強のゴルファー」に栄誉を与える大会と言える。それを象徴するかのように2006年、2007年と優勝スコアは5オーバーという結果であった。余りに厳しいセッティングは、選手から「ナイスショットを打ってもラフやバンカーにボールが飛び込み、フェアではない」との愚痴をこぼさせるほどである。

予選ラウンド終了時(2日目終了時)において、60位タイ以上、およびトップから10ストローク以内のプレイヤーのみが、3日目以降の決勝ラウンドに進むことができる(2008年)。

なお、72ホール(4ラウンド)終了時にトップが2人以上いた場合は、翌日月曜日に18ホールの合計ストロークで競うプレーオフを行う。(18ホールのプレーオフはこの大会のみ)18ホール終了してなお同スコアの場合はサドンデスに突入する。

第1回は1895年に開催され、途中戦争で中断された時期があった。

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全英オープン

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正式名称The Open Championshipには、選手権大会として他の大会と区別するための表現が何も含まれていない。これはつまり、第1回開催時において、他の大会が存在しなかったことを示すものであり、この大会の歴史を如実に示している。

第1回は1860年10月17日にプレスト・ウィックで開かれ、ウィリー・パークが優勝した。

それ以後は、1871年、1915~1919年、1940~1945年の戦争などによる中止をはさみながら、毎年開催する地区を変えて実施している。優勝者には「クラレット・ジャグ」と呼ばれる優勝トロフィーが贈られる。トロフィーは、優勝決定時間を見計らって専門の製作者により優勝者の氏名(英語)が一つ一つ手作業で刻印され、それが終了次第直ちに表彰式会場に搬送され、優勝者に手渡され、1年間優勝者により保管される。

開催ゴルフ場はシーサイドリンクス(海岸に立地する場)に限るという不文律がある。近年では、セントアンドルーズ、ロイヤルリザム&セントアンズ、ロイヤルトルーン、ロイヤルセントジョージス、ロイヤルバークデール、ミュアフィールド、ターンベリーの7コースの持ち回りで開催されていた。ただし、1999年と2007年にはカーヌスティ、2006年にはロイヤルリバプール(ホイレイク)で開催されており、これらは今後、開催コースのローテーションに加わると予想される。

また、5年に1回は「ゴルフの聖地」と言われるセント・アンドルーズ(R&A本部がある)で開催することが慣例となっている。ただし、2005年に限っては、本来翌2006年にセント・アンドルーズで開催される予定であったが、ジャック・ニクラスがこの大会を自らのメジャートーナメント完全引退試合と定めたことから、1年前倒ししてセント・アンドルーズで開催された。

全英オープンの最大の特徴は、ゴルフの歴史的な原点に立ち返った、人の手を加えない「あるがままの自然の状態」を残したリンクスコースにある。フェアウェイと呼ぶのがはばかれるほどのアンジュレーションに富んだフェアウェイ、壁面を干しレンガで垂直に切り立たせた深いバンカー、フェスキューを腰の高さまで伸ばした「あるがまま」のラフなど。こういったコース特性は、全ての開催ゴルフコースで維持されている。普段のツアーで使われる、アメリカ的な、人の手を加えて作り上げられたゴルフコースとは、全く異なる。

そのほかの特徴としては、気まぐれな気候条件が挙げられる。天候が良い年は「全英オープンらしくない」とさえ評されるほどである。スコットランド独特の、寒く、じめじめとした雨の降る天気とリンクスコース特有の海からの湿った強い風とに耐えながら優勝を争わなければならない。これにより、ゴルファーは低めの弾道の球を打つことを要求されるため、普段のツアーのように高々と打ち上げ、ピンの近くにボールを止める、というシーンは目にしにくい。

近年の傾向としては、セントアンドルーズが最もやさしく、スコアがでやすい。ロイヤルリザム&セントアンズ、ロイヤルトルーン、ターンベリーも優勝スコアが10アンダーをこえる。反面、ロイヤルセントジョージス、ロイヤルバークデール、カーヌスティはスコアが出にくく、アンダーパーが出せれば、まず優勝である。1999年のカーヌスティのポール・ローリーの6オーバーは、近年ではワーストスコアである。この年は、最終ホールまでに3打リードしていたジャン・ヴァン・デ・ヴェルデが18番ホールでトリプルボギーを叩き、プレーオフ突入の末に敗れている(カーヌスティの悲劇)。

プレーオフは、4ホールのストロークによって争われる。それでも決着が付かなければ、サドンデスである。以前は、翌日に18ホールのストローク・プレー、すなわち、もう1ラウンドを回って行われていた。現在、ゴルフの4大メジャートーナメントで、18ホールのストローク・プレーでの翌日プレーオフが採用されているのは、全米オープンのみとなっている。

「Wikipedia参照」



全米プロゴルフ選手権(ぜんべいプロゴルフせんしゅけん、PGA Championship)はゴルフの世界4大メジャートーナメント大会の1つ。
全米プロゴルフ協会(PGA OF AMERICA)主催で、アメリカ合衆国において、毎年8月中旬に開催する地区を変えて実施している。

第1回は1916年に開催され、ジェームス・M・バーンズ選手が優勝した。それ以降は1917-1918年、1943年の戦争による中止をはさみ毎年開催されている。
当初は、マッチプレー形式で行われていたが、1958年からはストロークプレー形式に変更されている。

なお、この大会のプレーオフは3ホールのストロークプレーで行われる。

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シニアオープン

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全英シニアオープン(Senior British Open)は、シニアゴルフのメジャートーナメント大会のひとつであり、R&A(ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフクラブ)主催で、毎年7月下旬に開催されるゴルフ大会をいう。
2007年の賞金総額は100万ポンド。


全米シニアオープン(United States Senior Open)は、シニアゴルフのメジャートーナメント大会の一。
全米ゴルフ協会主催で、毎年7月下旬に開催する地区を毎年変えて実施している。

第1回大会は1980年に行われ、大会当初は55歳以上が出場資格だったが、現在は50歳以上に緩和されている。
2007年大会の賞金総額は260万ドル。

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1ホール

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通常4人1組でコースを回る。最初のホールでの第一打の順序を決める方法はルールに無いため、くじ引きで順序を決定する事が多い。競技の場合は競技主催者の指定打順による。第一打後は、ホールから遠い競技者から順に打つ。

まず、ティーインググラウンド(第一打の打ち出し地点)からティーショットを行う。ティーショットの打順は最初はくじ引き等により決定されるが、その後は、前ホールの成績順に行う。ティーショットでは通常フェアウェイにボールが止まることを目標にする。ティーショットが届きそうなところには、フェアウェイバンカーや池といったハザード(障害)が設置されていたり、コースが左右に曲がっていたり(各々左ドッグレッグ、右ドッグレッグと言う)するので、安全にハザードの手前を狙うか、危険を冒して距離を稼ぎグリーンに近づくことを狙うのかを選択する。このように選択を行うことがゴルフの醍醐味の一つであり、精神力が重要といわれる所以である。

次に、ホール(カップ)があるグリーンに届きそうであれば狙う。しかし、敢えてグリーンを直接狙わず、近くまでショットし、次のショットでグリーンに乗せる場合がある。これを刻むという。この理由は、グリーンの周りにはバンカーなどのハザードが設置されているため、ティーインググラウンド方向だけが安全で他の方向は危険な作りになっているからである。グリーンの周りからグリーンを狙う打撃をアプローチショットと呼ぶ。グリーンが狙えない場合は、引き続きフェアウェイにボールが止まることを目標にショットを行う。この場合においても、例えば残り300ヤードの場合に250ヤード飛ぶ選手であっても敢えて200ヤードしか飛ばさず100ヤードを残すという場合がよくある。これは、ハーフスイングで飛ばす距離(この場合50ヤードとなる)を残すと打撃に加減が必要となり難しくなるので、それより、フルスイングできる距離(この場合100ヤード)を残したほうが打撃に加減が必要ないため打ちやすく好結果が期待できるという判断である。

グリーンではパターと呼ばれるクラブで、ボールを転がすパットと呼ばれる打撃を行う。平坦で傾斜のないグリーンは少なく、大抵は傾斜や複雑な芝目がある場合が多い。これらグリーンの状況を読みきって、パットを行うことはゴルフの醍醐味の一つである。打撃の動作としては非常に簡単だが、プレッシャーのためにプロでもよくミスを犯す。極端な場合、パット自体ができなくなる「イップス」と呼ばれる精神病の1種とも言える状態になる人もいる。

各ホールには、あらかじめ規定の打数が定められており、この打数と等しい打数でホールに入れることをパー(Par)という。以下、1打少ないことをバーディー(Birdie)、2打少ないことをイーグル(Eagle)、3打少ないことをアルバトロス(Albatross)又はダブルイーグル(Double eagle)、4打少ないことをコンドル(Condor)又はダブルアルバトロス(Double albatoross)やトリプルイーグル(Triple eagle)と呼ぶ。また、一つのホールに1打で入れることを、ホールインワン(Hole in one)又はエース(Ace)と呼ぶ。逆に1打多い場合は、ボギー(Bogey)。以下、打数が増えるごとに、ダブルボギー(Double bogey)、トリプルボギー(Triple bogey)と呼ぶ。

バーディーは小鳥、イーグルは鷲、アルバトロスはアホウドリと、鳥の大きさの違いから名付けられた。 日本ゴルフ協会によると、鳥に因んだ名称が付けられた理由は不明だが、ボールが鳥のように舞い降りたイメージに由来する、という説もあるという[1]。

各ホール終了後、次のホールでの第一打は直前のホールで打数の少なかったプレイヤーから行う。同打数の場合はさらに一つ前のホールでの打順の早いほうになる。最初にティーショットを打つ者を、オナー(Honor)とも呼ぶ。

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1ラウンド

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通常は1日で18ホールをプレーし、これを1ラウンドと呼ぶ。正式名称では1番から9番ホールを「フロント・ナイン」(Front nine)、10番から18番ホールを「バック・ナイン」(Back nine)というが、一般的にはフロント・ナインを「アウト」(Out)、バック・ナインを「イン」(In)と呼ぶことが多い。

18ホールのゴルフコースのパーは、72に設定されるのが一般的である。(パー5)が4つ、(パー4)が10、(パー3)が4つというのが標準的である。なお、総距離の短いコースの場合などには、パー71や70とされることもある。パー72に対して72打数の場合、イーブンパー(Even Par)という。パーより少なく71打数ならば1アンダー(1 under)、70打数ならば2アンダー、以下同様になる。逆に73打数ならば1オーバー(1 over)となり以上も同様になる。

アマチュアの場合男女が共にプレーできるよう、第一打の打ち出し地点(ティーインググラウンド)に距離的ハンディをつける場合が多い。また、1日で1.5ラウンド(27ホール)や2ラウンド(36ホール)のプレーをすることも珍しいことではない。

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プロのトーナメント(大会)は、男子の場合4ラウンド(1日1ラウンド×4日間で、通常は木曜日~日曜日開催)、女子の場合3ラウンド(1日1ラウンド×3日間で、通常は金曜日~日曜日)のトータルスコアで争われる場合が多い。男子の4ラウンドの場合、最初の2ラウンド2日間を予選ラウンドと呼ぶ。予選ラウンドの上位何十名かだけが、残りの2ラウンドである決勝ラウンドに進める。決勝ラウンドに進めた者だけが、賞金をもらえる。

しかしながら、予選ラウンドから参加できるのは何らかのシード権(参加資格)を持った者だけであり、それ以外の者は前日もしくは前々日の予備予選から参加して、勝ち抜かなければ予選ラウンドすら参加できない。決勝ラウンドに進まなければ賞金は出ないので、賞金だけで生活の出来るのはごく一部のプロゴルファーだけである。ゴルフ講師などの副業で生活しているプロゴルファーも多い。

シード権は、「前年の獲得賞金ランキング上位者」、「前年の各トーナメント優勝者」、「クォリファイング・トーナメント(QT)上位者」などに与えられる。

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主なルール

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イングランド起源のサッカーやラグビーと同様に基本的なルールは簡単である。ゴルフのルールは簡単に言えば「あるがままに打つ」が基本原則である。プロトーナメントにおいては競技委員がいるが、本来は自分の他には審判がいないスポーツである。ルール上はボールの交換のように他の競技者の確認が必要な場合もあるが、あくまでも競技者自身が審判でありルールはもちろんのことマナーを守ることが非常に重視されるので「紳士のスポーツ」と呼ばれている。

ルールは主に救済とペナルティに関する条項が定められている。救済として定められているのは、「ボールが何らかの理由で紛失したような場合に競技を続行できるようにする」ために定められたものである。主なものは、OB(ショットしたボールが、プレー領域の外に出ること。「Out of Bounds」の略)の場合は1打付加して打ち直し競技を続行しなければならない、ウォーターハザードの場合は1打付加してホールに近寄らないようにドロップして打ち競技を続行できる、動かせない障害物の場合はニアレストポイントでドロップして打てる、などがある。ペナルティとして定められているのは「あるがままの状態を維持せずに競技者に有利になるように状況を変えてしまった場合に科せられる罰」であり、たとえば、自分自身や自分の道具などに打球が当たった場合は、ボールの方向を変えた違反として2罰打を科せられる、などがある。

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マナーも大切

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基本的には、自然のもの(木、草、岩)などはショットの障害となっても動かしたり壊したりしてはならず「あるがまま」に打たなければならない。対して、人工のものは障害物を避けるために救済が受けられる。「動かせない障害物」と「動かせる障害物」に分かれる。「動かせない障害物」はルールに従って救済が受けられ、規定に則ってボールを動かすことができる。「動かせる障害物」は障害物を動かしたり取り除いてもよい。枯葉等の些細な障害物は「ルースインペディメント」と呼び、ハザード以外では取り除いてもよい。

マナーとしては、ショットの際に作った地面の削れた跡(ディポット跡)を自分で直す、グリーン上ではグリーンを傷つけずに歩く、高い位置から落下したボールがグリーンに乗ったときに出来るグリーンの凹み(ボールマーク)を直す、バンカーではショット後に砂を均す、他の競技者のショットの際は静かにする、等がある。アマチュアで特に重要なのは、前の組に遅れずにプレーする、ショットの際に時間をかけすぎない、ボール探しに時間をかけすぎない(5分以内に見つからなければロストボール=OB扱いになる)、などが挙げられる。

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ゴルフの難易度

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静止したボールを打つため簡単そうに思えるが、対戦相手と打ち合う球技ではないため、精神力が重要とされ、精神力7割技術力3割とも言われている。プロゴルファーでさえ、プレッシャーのためわずか30cmのパットを外すこともある。

基本的に個人で行う球技だが、団体戦もある。個人戦の場合においても、競技者(ゴルファー)とコースを同伴するキャディがいる。キャディはクラブを持ち運びするだけではなく、競技者にアドバイスできる唯一の存在となる。名選手の陰に名キャディありとも言われる。

アマチュアにおいてもプロゴルファーを目指すのでもない限り、中高年から始めることも可能で、比較的高齢となってもプレーを楽しめる。自分の年齢よりも低い打数で1ラウンドを終了(エイジ・シュート)した者は、「エイジ・シューター」と呼ばれ、ゴルファーの尊敬を集める。

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ホールインワン

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ホールインワン(1打でカップに入れること)の達成者はゴルファーの羨望の的となる。

日本においてアマチュアゴルファーがホールインワンを達成した場合には、記念としてゴルフ場の記念植樹やパーティーなどを開く事が慣習になっているために、その出費に備えて、ホールインワン保険に加入する者もいる。

一方で、日本のみ、プロの試合でホールインワンを達成すると、達成した選手に特別賞のホールインワン賞(賞金・賞品)が贈呈される。

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ゴルフは普通にプレイしようとすると、用具代やプレイ代、会員権などの費用がかかりがちなスポーツであり、経済的余裕がある者が主に楽しむ競技である。

    * 日本では全般的にプレイ代、会員権などの費用が高額だが、欧米には高級名門ゴルフ場以外にも、パブリック式の比較的低廉な費用でプレイを楽しめるゴルフ場も多い。
   
    * このため、日本では純粋にスポーツとして楽しむというよりも、主に業務での取引先企業などの接待が絡んだゴルフのプレイも数多く行われる。またいわゆる名門クラブの会員資格は、プレイではなく投機の対象となる事が多い。
   
    * 日本においてはプレイヤーはプレイごとゴルフ場利用税が課される。ただし国体の試合や未成年者は免除される。

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ゴルフの歴史

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イギリス発祥の紳士のスポーツとして知られるが、その起源についてはスコットランドを筆頭に、オランダ、中国など世界各地に発祥説があり、定説がない。

    * 北欧起源の「コルフ」という、「打った球を柱に当てるスポーツ」が、スコットランドに伝わったとする説。
    * オランダの「フットコルフェン」から来ている説。近年、オランダからスコットランドへのゴルフボール輸出書類が発見され、起源として有力視されるようになった。
    * 中国の元の時代の書物『丸経』(ワンチン)に記載されている「捶丸」(チュイワン)という競技を起源とする説。捶丸については、中国の学者が五代十国の時代にまで遡るという説を出している。

初期のゴルフでは現在のような整備されたコースはなく、モグラの穴を利用してゴルフを楽しんでいたといわれる。またスコットランド地方でゴルフという競技が確立した頃は、パーという概念は存在していなかった。何故なら2名のゴルファーが1ホールごとにホール内での打数により勝ち負け(同じ打数の場合、そのホールは引き分け)を決め、18ホールまでにどちらが多くのホールで勝ったかを競うマッチプレー方式で行なわれていたため、それぞれのホールに規定打数を決める必要が無かったからである。

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変化したプレー方式

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マッチプレーは2名で競技する場合はホールごとに勝ち負けが決まるため単純明快だったが、より多くのゴルファーによる試合では優勝者を決めるまでに18 ホールの試合を何回も繰り返す必要があり、やがて多人数で競う場合には順位付けがし易い、予め定められたホールをまわった時点の打数(ストローク)の合計を競うストロークプレー方式が広まるようになった。

ストロークプレーが主流になると、それまでコースごとにまちまちだった18ホールの合計距離などに対し、画一した規格を決める必要が出てきたため、全てのホールに対し既定打数を決めて、コースごとの合計既定打数による比較がし易いように定めたのが、パーの起源である。

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1972年、同国の歌手であるダイナ・ショアの企画により歯磨きメーカーであるコルゲート社とのタイアップによる大会「コルゲート・ダイナ・ショア大会」として発足した。

1983年にメジャートーナメントに昇格する。その後スポンサーの変更等により、大会名も変更されたが「ダイナ・ショア」の名前は彼女の死(1994年2月)の後も1999年まで残された。

第1回からカリフォルニア州ランチョ・ミラージュの「ミッションヒルズ・カントリークラブ」を会場としており毎年3月下旬に行われ、そのシーズンのメジャータイトルの初戦として熱戦を繰り広げている。

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全米女子プロゴルフ選手権(ぜんべいじょしプロゴルフせんしゅけん)は1955年に創設された女子ゴルフの世界4大メジャートーナメント大会の1つ。

正式名称は LPGA Championship。Ladies Professional Golf Association(全米女子プロゴルフ協会)主催で、毎年6月上旬に開催する地区を変えて実施している。
ウェグマンズがスポンサーになっている。

全米女子オープンに次ぎ、長い歴史を誇る。

1977年には樋口久子が日本人初優勝(日本人男女を通してメジャートーナメント初優勝)。

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全米女子オープン

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全米女子オープン(ぜんべいじょしオープン)は女子ゴルフの世界4大メジャートーナメント大会の一つ。

正式名称はU.S. Women's Open Golf Championship。

アメリカのゴルフ競技団体、全米ゴルフ協会が、毎年7月上旬に実施している。

開催する地区は、毎年変わる。
1946年に第1回大会が行われて以来、長い歴史を誇る。男子の全米オープンに相当する。

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全英女子オープン

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全英女子オープン(ぜんえいじょしオープン)は女子ゴルフの世界4大メジャートーナメント大会の一。
正式名称はWomen's British Open(Ricoh Women's British Open)。
2001年からデュモーリエ・クラシックの代わりに、メジャー大会に昇格した。
男子の全英オープンに相当する。主催はイギリス女子ゴルフ連合(Ladies' Golf Union)。

2007年5月2日に当大会の日本広報事務局が情報機器メーカーであるリコーが冠スポンサーになることが発表され、大会名称も「全英リコー女子オープン」として開催されることになった。

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女子(LPGA)ツアー

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女子(LPGA)ツアーにおいては、2000年まで4大大会のひとつだったデュモーリエ・クラシックを合わせた5大会で優勝することを"スーパー・グランドスラム"という。

ただし「デュモーリエ・クラシックの優勝経験者」が全英女子オープンで優勝した場合にしか成立しない(2002年にカリー・ウェブが達成)。

女子のメジャー大会は長い歴史を通じて何度も変わってきたため、その複雑な事情を反映した用語のひとつと言える。

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